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菅野徳雄のゴルフ一刀両断

略歴

1938年生まれ。陸前高田市出身。立教大学法学部卒。1964年日刊スポーツ出版社入社。

ゴルフ雑誌の編集を経てゴルフジャーナリスト。内外のトーナメントを取材しながら多くのトッププロを密着取材。分かりやすい技術論と辛口の評論で知られる。「杉本英世のべストゴルフ」「村上隆の秘密のゴルフ」「トッププロのここを学べ」「誰も教えなかったゴルフ独習術」(基礎篇、ラウンド篇)など著書多数。

 

コラム

第一回 これでいいのか日本のゴルフ

第二回 ゴルフのエチケットを守ることは「情けは人の為にならず」

第三回「日本の男子プロが強くならないのはどうして?」

第一回 これでいいのか日本のゴルフ

「公益社団法人日本プロゴルフ協会(PGA)は文部科学省管轄のもと日本国において唯一のプロゴルファーの認定団体」とされている。現在、PGAが認定しているプロゴルファーの資格には「トーナメントプレーヤー(TP)」と「ティーチングプロ」(TCP)の2種類がある。

 

トーナメントプレーヤーはツアー競技で賞金を稼ぐプレーヤーのこと。16歳以上の男子なら誰でも受験できる。ティーチングプロ部門はB級とA級があり、受験資格は20歳以上。

 

B級の資格を取得するにはPGAの定めた一定基準に達した受験者が実技審査合格者として筆記試験、面接審査を受験する。講習会では、数々の厳しい検定が行われ、そのすべてに合格した受講生だけが入会セミナーを経て、PGAティーチングプロ会員として登録され、PGAに入会できる。B級の資格を取得すると、次はゴルフの指導法だけでなく、これからのゴルフ界を担うゴルフプロフェッショナルを目指すための講習に進む。

 

PGAは文科省の管轄下、日本で唯一のプロゴルファーの「資格認定団体」とされているので、PGAのティーチングプロは国家試験に準じる資格と言ってもよい。
PGAのテストに合格したティーチングプロがいる練習場にはプロの資格を持っていることを証明する認定証が掲示されている。

 

ところが、いつのころからかPGAのプロテストを受けずに、アメリアのゴルフアカデミーに留学し、アメリアの著名なティーチングプロに師事してゴルフの指導法を学んできたなどと言って、「ツアープロコーチ」といった肩書を作って、テレビやゴルフ誌などで堂々と活躍している人たちが増えている。

 

英国PGAの資格を持っているというプロがテレビで教えてるのを見ることもある。アメリカの女子プロ協会(LPGA)の資格を取得して日本でインストラクション活動している女子プロもいる。

 

男子もアメリカのPGAの資格を取得して日本で活躍しているというのならともかく、アメリカのゴルフスクールで学んだとか、誰かに師事したという程度で、テレビなどで活躍しているのを見ていると、だから日本のプロゴルフ界は遅れているのだと思わざるを得ない。

 

100万円以上をかけてPGAのティーチングプロの資格を取得したプロたちをしり目に、プロの資格を持っていない人たちがテレビで活躍しているのを見ていると、日本プロゴルフ協会は一体何をしているのだと言いたい。

 

第二回 ゴルフのエチケットを守ることは「情けは人の為ならず」

バブル経済が崩壊して日本のゴルフは大きく変わった。一番の変化はキャディー無しのセルフプレーが普及したこと。バブルがはじけるまでは「キャディー付き」のプレーが当たり前だった。だから、フェアウェーの目土も、バンカーならしも、グリーン上のピッチマーク直しも、すべてキャディーがやってくれていた。
 

グリーン上でボールをマークしたりボールを拭いたりするのもキャディー任せ。至れり尽くせり、上げ膳すい膳の「殿様ゴルフ」だった。
だから、土日祭日のビジターフィーは3万円以上が当たり前で、平日でも2万円以上のコースが多かった。バブルのころはそれでもゴルフ場はどこも混んでいた。平日でもスタートをとるのは容易でなかった。

 

日本のゴルフ場は「社用ゴルフ」「接待ゴルフ」によって支えられ、繁栄してきた。評論家の大宅壮一はゴルフ場を「緑の待合」と言った。接待するにはむしろプレー代は高いほうがよかったわけだ。
しかし、バブル経済が崩壊して日本のゴルフは一変した。「社用(接待)ゴルフ」という梯子が外されたのでどこのゴフル場も来場者が激減した。

 

バブルがはじけて日本のゴルファーは激減したといわれているけれど、日本は個人のポケットマネーでプレーする「本当のゴルファー」より「会社の仕事」としてプレーする「社用ゴルファー」がいかに多かったかということだ。だから私は「ゴルファー」が減ったのではなく、「社用ゴルファーが減ったのだ」と言っている。

 

社用ゴルファーが激減したことによって、ゴルフ場はビジターフィーを安くしなければならないので急遽キャディー無しのセルフプレーに切り変えた。それによって、首都圏でも栃木県、群馬県、茨城県など遠いゴルフ場は平日のビジターフィーは

昼食付きで1万円を割って、6、7千円でもプレー出来るようになった。ポケットマネーでゴルフをやっていた「本当のゴルファー」にとってはバブル崩壊は様々(さまさま)だった。

しかし、セルフプレーが普及しても目土袋を自分で持ってプレーする人はめったにいない。フェアウエーの目土、グリーンのピッチマーク直しをするゴルファーは相変わらず少ない。そのため、バンカーには靴跡が残り、グリーンはエクボだらけのコースが多くなった。
 

ディボット跡に目土をしたりバンカーをならしたり、グリーン上のピッチマークを直すなどコースを保護することは、ゴルファーが必ず守らなければならない「エチケット」としてルールブックの第一章に明記されている。
「情けは他人(ひと)のためならず」ということわざがある。プレーヤー全員が目土をしたりバンカーならしをしたり、あるいはピッチマークを直したりすれば、全員が常にボールのライが良いところからプレー出来る。だから、エチケットを守ることは、「情けは他人(ひと)のためならず」だということを肝に銘じてプレーしてもらいたい。(日本ゴルフジャーナリスト協会顧問)

 

第三回「日本の男子プロが強くならないのはどうして?」

日本の女子プロがこんなに強くなったのはジュニア時代から優れたコーチの指導を受けてきたからだ。お陰で早い時期に良いスングを身に着けているので、昔のようなオーバースイングの女子プロはいなくなった。しかし、男子プロは専属コーチをかかえている選手は相変わらず少ない。
 アーノルド・パーマーの出身校である米国ウェークフォレスト大学のジェシー・ハドックというコーチを二度取材に行ったことがある。ハドック氏はパーマーと同期で、学生時代は選手として活躍し、卒業後はコーチとして母校に残り、ラニー・ワドキンス、ダレン・クラーク(英)、全米オープン2連覇のカーティス・ストレンジなどメジャーチャンピオンを育てた名コーチとして知られていた。
 アメリカのゴルフの強豪校には必ず優れたコーチがいる。しかし、日本の大学には名のあるコーチは今だにいない。かつて日本大学からは多くのプロゴルファーが世に出ているけれど、ゴルフ界では有名な竹田昭夫監督はコーチではなかった。松山英樹の母校・東北福祉大の阿部靖彦監督も技術に関するコーチはやっていない。
 アメリアの選手は大学を出た後も必ず専属コ―チを抱えている。タイガー・ウッズでさえ、ジュニアのころからコーチがいなかったことはない。
 日本も他のスポー€Вは個人競技の場合は必ず専属のコーチがついている。水泳、テニス、フィギュアスケート・・・個人競技はコーチ無しでは戦えないと言ってよい。
しかし、それなのに何故か日本の男子プロはコーチを持たずに戦っている選手が多い。松山は米ツアーで5勝を挙げている。しかし、17年にWGCブリヂストン招待で勝って以来3年以上タイトルに手が届かないでいる。
「そろそろコーチを付けたほうがいいんじゃない?」という中嶋常幸のアドバイスにも耳を貸さずに、一人で試行錯誤を続けている。
 かつて世界の帝王といわれたジャック・ニクラスにはジュニア時代からジャック・グラウトという名コーチがついていた。
 将棋の大山康晴名人が「頂点に立ったときにはすでにスランプが始まっていることがある」と本に書いているのを読んだことがある。
これはゴルフにも言えることだと思う。絶好調だと思っていても、自分では分からない部分から狂い出していることだって無きにしもあらずだというのだ。
 どうしてコーチが必要なのかというと、自分の目で自分のスイングを見ることは出来ないからだ。
「ビデオを見れば分かる」と言う人が多いと思う。しかし、ビデオでは微妙なテンポとかリズムとかタイミングといったことは、生(なま)の動きを見ていないと分からないことが多いのだ。自分の生のスイングは自分で見ることは出来ないのだから、自分に成り変わって見てくれるコーチは絶対不可欠なのだ。
 自分では正しいと思ってやっていることでも、確かな目を持っているコーチが見ると、「ここをこうしてみてはどうか?」ということも出てくるわけだ。「自分のことは自分が一番よく分かっている」と言う人が多いと思う。しかし、何度も優勝している人でも間違っていることに気がつかないで
いることだってあるのだ。
 トム・ワトソンは、もう一歩のところで何度かメジャーを逃がした後、バイロン・ネルソンの門を叩いて、新帝王への道を切り開いている。
 昔、月刊パーゴルフで、鬼才といわれた戸田藤一郎に有望な若手選手をコーチしてもらう「戸田道場」という連載を私は長い間担当していた。村上隆は戸田に教わった翌年、日本と名のつく四大タイトル(日本オープン、日本プロ選手権、日本マッチプレー、日本シリーズ)を年間制覇し、ジャンボ尾崎を抑えて賞金王になったことがある。



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